私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『少女には向かない職業』 桜庭一樹

2008-03-04 08:49:59 | 小説(国内ミステリ等)

あたし、大西葵13歳は、人をふたり殺した……あたしはもうだめ。ぜんぜんだめ。少女の魂は殺人に向かない。誰か最初にそう教えてくれたらよかったのに。だけどあの夏はたまたま、あたしの近くにいたのは、あいつだけだったから――。これは、ふたりの少女の凄絶な闘いの記録。
新直木賞作家桜庭一樹の過酷な運命に翻弄される少女の姿を鮮烈に描いた話題作。
出版社:東京創元社(創元推理文庫)


この作品で最も印象的だったのは女子中学生である主人公を取り巻く雰囲気だ。
周りと合わせて生きていく時間は楽しくもあるが、息苦しさもないわけではない。その雰囲気を適切に描き上げているのがまず心に残る。そういった友人を巡る繊細な情景や、男子生徒に対する思春期らしい距離感を取る方法の難しさ、家族の中にいて感じる閉塞感の描き方は抜群に上手く、冒頭からラストに至るまでその雰囲気にはまってしまった。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』でもそういった思春期の少女の切羽詰った感覚が描かれていたが、桜庭一樹はその世代の少女の描写がともかく上手いらしい。
『砂糖菓子』はライトノベルな分、キャラの力でごまかされているな、と感じる面もあったが、本作は体裁は一般小説ということもあってか、リアリスティックな雰囲気が色濃く立ち上っていて、明るさと暗さのない交ぜになった清新な印象があった。

それに反し、親の描写が幾分ステロタイプだったのが残念だったが(特に義父)、女子中学生という世代のフィルタが通っていると見れば(母の描写など)、まあ許容範囲と言えるかもしれない。

本書の冒頭でも書かれているが、主人公は人をふたり殺している。その殺人描写のなんと悲しいことだろうか。
殺人はある意味では、閉塞感あふれる日常からの逃避の手段ともいえるだろう。だが主人公の大西葵自体、必ずしもそれを強く望んでいたわけではないし、実際のところひとつ目の殺人はほとんど事故だ。
彼女はその後、殺人という重荷を抱えて生きているが、その疑心暗鬼と恐怖をライトノベルタッチに、しかし切実に描いている様が心に沁みる。
基本的に彼女は殺人を犯すには優しすぎたのだろう。確かに殺しは少女には向かないという言葉を体現している。

だがそれを知っていても、葵は殺しに踏み出さざるをえなくなる。それは友情のためによるものだった。
「あんたなんかぜんぜんこわくない。だって、こっちには大西葵がいるもん」と静香が語るシーンには静香の葵に対する思いの深さを見るようで泣きそうになってしまった。
そこにある少女の友情が胸を打ち、同時にそう選択せざるをえない状況が悲しくもある。
それだけにラスト一行の葵のセリフがいつまでも胸に残ってやまなかった。

この作品には親の描写など、いくつかの欠点もあるが、それでもすばらしい作品だ、と僕は思う。
ともかくも桜庭一樹、本作でさらに一層好きになることができた。今後も要注目である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)


そのほかの桜庭一樹作品感想
 『赤朽葉家の伝説』
 『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』

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